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$\lim \sin x/x$ をめぐる循環論法

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§1. 教科書に現れる循環論法
§2. 循環論法をどう見るか
§3. $\lim \sin x/x$の正しい証明
§∞. 参考文献

§1. 教科書に現れる循環論法

$(\sin x)'=\cos x$を示すには
   $\displaystyle \lim_{x \rightarrow 0}\frac{\sin x}{x}=1$ ……(1)
が言えればよい。なぜならこれを使えば
   $(\sin x)' = \displaystyle \lim_{\Delta\rightarrow 0}\frac{\sin(x+\Delta x)-\sin x}{\Delta x}$
   $=\displaystyle \lim \frac{\sin x \cos \Delta x+ \cos x \sin \Delta x - \sin x}{\Delta x}$
   $=\displaystyle \lim \{ \sin x \frac{\cos^{2} \Delta x -1}{\Delta x(\cos \Delta x+1)} +\cos x \frac{\sin \Delta x}{\Delta x} \}$
   $=\displaystyle \lim \{ -\sin x (\frac{\sin \Delta x}{\Delta x})^2\frac{\Delta x}{\cos \Delta x+1} +\cos x \frac{\sin \Delta x}{\Delta x} \}$
   $=-\sin x \cdot 1^2 \cdot \frac{0}{2}+\cos x\cdot1$
   $=\cos x$
となるからである。

さて、(1)の証明を、ある教科書では次のように書いている。
   
問題は不等式の真ん中の辺、すなわち扇形の面積だ。なぜこのようになるのかについて、この教科書では次の図で説明している。
   
扇形は円の一部だから、円の面積($\pi r^2$)に、中心角($\theta$)の全円($2\pi$)に対する割合を掛けて求められる。

では、円の面積($\pi r^2$)はどうやって求めたのかを振り返ってみよう。

(1)が意味するのは、$x$ が 0 に近ければ $\sin x=x$ ということ、すなわち $\sin dx = dx$ である。中心角が小さな(中心角=$\Delta x$)扇形 OAB (初めの図参照)は、底辺 OA が 1 で高さ BH が $\sin dx = dx$ の三角形 OAB で近似できる。したがって半径が 1 の円の面積$S$は
   $S=\int_{0}^{2 \pi} \frac{1}{2} \cdot 1 \cdot dx =\frac{1}{2} \int_{0}^{2 \pi} dx=\pi$
であり、半径が $r$ なら面積比は 2乗になるから $\pi r^2$ であることが導かれる。

してみると、この教科書の記述は循環論法である。(1)が成り立つのは円の面積が$\pi r^{2}$だからであり、円の面積がそのようになるのは(1)が成り立つからだ。

円の面積を別の方法で求めてみようか。
   $S=4 \int_{0}^{1} \sqrt{1-x^{2}} dx $
   $=4 \int_{0}^{\pi/2} \cos^{2} \theta d\theta$ ($x=\sin \theta$ と置換)
   $=2 \int_{0}^{\pi/2} (1+\cos 2\theta)d\theta $
   $= 2[\theta+\frac{1}{2}\sin 2\theta]_{0}^{\pi/2} $
   $=\pi$
となる。ここで、$(\sin x)'=\cos x$ という微分の公式を使っているが、この公式は(1)から導かれるのであるから、こう考えるとやはり循環論法になっていることが分かる。

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§2. 循環論法をどう見るか

この循環論法をめぐって、教師の対応は次のように2つに分かれて、しばしば論争になってしまう。

このような循環論法(厳密には間違った論理です。-- 念のため)は他にもある。有名な例は底角定理の証明だ。
   
「二等辺三角形の底角は等しい」という命題は、ユークリッド原論第1巻第5条([1]参照)に出てくる。
ユークリッドは図のように二等辺三角形 $\triangle AB\it\Gamma$ に対し補助線を引いて、等しい線分 $AZ$ と $AH$ を設けて証明している。$\triangle AZ\it\Gamma$ と $\triangle AHB$ が合同(二辺夾角)になり、よって
$BZ=\it\Gamma H,Z\Gamma=HB, \angle BZ\it\Gamma=\angle \it\Gamma HB$
再度、二辺夾角で $\triangle BZ\it\Gamma$ と $\triangle \it\Gamma HB$ が合同になって、
$\angle ZB\it\Gamma=\angle H\it\Gamma B$
が出てくるので、あとはこれの補角を考えればよい。

これを下図のように、角 A の二等分線を引いて証明してしまうと循環論法となる。
   
角の二等分線が作図可能であることを証明するのにこの底角定理が根拠とされるからである。(下図を見て考えてみてください。)
   
もし中学生が頂角の二等分線を引いて底角定理を証明(?)したとき、教師はどう対応すべきであろうか。
前述したように、

と、ここでも教師間で意見は真っ向から対立する。

ちなみに上の底角定理の循環論法による証明がまずいと見抜けるかどうかが、かつて数学を理解できるか否かの分水嶺とされていて、古来「ロバの橋」(ロバは橋を渡れずに川に落ちる)と呼ばれていた。この難関を渡りきれるかが幾何学を理解できるかどうかの試金石であったのだ。詳しくは文献[2] pp.66-72 参照。

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§3. $\lim \sin x/x$ の正しい証明

話が「ロバの橋」の方にそれてしまった。$\lim \sin x/x=1$ の正しい証明を述べていなかった。高木 [3] の第1章第9節には次図 (半径 1 ) とともに
   
証明が書かれている。「弧 AB の長さは弦 AB よりも大で、折線 ACB よりも小」であるとして

$\sin x<x<\tan x$,
$1>\frac{\sin x}{x}>\cos x$

を言い、極限で挟み撃ちしている。
さすがに循環論法にならぬように、面積を使わず長さの関係だけで導いている。(この考えは、円周の長さを内接多角形と外接多角形の辺の長さで挟み撃ちするのと同じ論理である。)
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§4. 弦と弧の比の極限

前節で使った事実「弧 AB の長さは弦 AB よりも大で、折線 ACB よりも小」を使いやすい形にすれば、

点 B が点 A に限りなく近づくとき、弦 AB と弧 AB の長さは限りなく等しい値に近づく、すなわち
$\lim \frac{\mbox{弦}AB}{\mbox{弧} AB}=1$

となる。このことを認めれば、$\lim \frac{2\sin x}{2 x}=\lim \frac{\sin x}{ x}=1$ は自明だ。

というようなことを指摘すると、「この事実は高校生には難しい」と言う教員が多い。しかし待ってもらいたい。$\lim \frac{\sin x}{x}$ は数学Vの極限の章に出てくるが、積分の章に行くと曲線の長さが

$s=\int_{a}^{b}\sqrt{1+\{f'(x)\}^2} dx$

という公式が出てくる。なぜこの等式が成り立つかと言えば、下図で $\lim \frac{\mbox{弦}AB}{\mbox{弧} AB}=1$ を使って


$\lim \frac{\sqrt{(\Delta x)^2+(\Delta y)^2}}{\Delta s}=1$
だから
$\frac{\sqrt{(d x)^2+(d y)^2}}{d s}=1$

が言え、

$s=\int_{s=0}^{s=s} ds$
$=\int_{s=0}^{s=s} \frac{\sqrt{(d x)^2+(d y)^2}}{d s}ds$
$=\int_{x=a}^{x=b} {\sqrt{(d x)^2+(d y)^2}}$
$=\int_{x=a}^{x=b} {\sqrt{1+(\frac{d y}{dx})^2}} dx$
$=\int_{a}^{b}\sqrt{1+\{f'(x)\}^2} dx$

と証明ができるからだ。だからここでは弦と弧の比の極限が 1 になることが前提されているのだ。それで $\frac{\sin x}{x}$ の極限でもこの事実を使おうと言っているのだ。

【蛇足】 「弦と弧の比の極限が 1」が自明でなくなるのは、表面積に行ってからだ。
曲線の長さは内接する多角形で近似しても外接する多角形で近似しても同じなのだが、表面積の場合は内接する多面体の極限と外接する多面体の極限が一致しないことが起こりうる。しかも面倒なことに表面積を近似するのは外接の方であって、内接ではないのだ。それを示す反例の立体図形がシュワルツの提灯である。

上の曲線の長さの公式で内接する弦で近似したことが「自明でない」とお叱りを受けるのは、表面積を学習した後での話であろう。

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§∞. 参考文献

[1] 中村・寺阪・伊東・池田 訳・解説 「ユークリッド原論」 共立出版、1971
   

[2] 齋藤・秋田・小原編著 「深い学びを支える数学教科書の数学的背景」 東洋館出版社、2017
   

[3] 高木貞治「解析概論(改訂第3版)軽装版」岩波書店、1983
   

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