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ベクトル導入の4段階

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§1. 単位導入の4段階指導


連続量を測るにあたって、単位導入の 4 段階指導というものがある。(例えば、【参考文献】[1]参照。)以下に、要約しておこう。


  1. 直接比較 --- じかにくらべる
    2本の棒を並べて直接その長さを比較すれば、
       $ A>B, \mbox{ } A=B, \mbox{ } A<B $
    のいずれかが成り立つことが分かる。
  2. 間接比較 --- なかだちを用いてくらべる
    2本の棒が離れた場所にある場合、持ち運び可能なヒモ $C$ を利用して、
       $ A>C, \mbox{ } C>B \Rightarrow A>B $
    または
       $ A<C, \mbox{ } C<B \Rightarrow A<B $
    という推移律を使って、$A$ と $B$ の大小を比較できる。
  3. 個別単位 --- その場かぎりの単位
    第1校舎と第2校舎の長さを比較する場合、ヒモだと相当長くなくてはならない。そこで、歩幅を利用して、何歩あるかで比較する。
       $ A>nC, \mbox{ } nC>B \Rightarrow A>B $
    という性質を使うわけだ。
  4. 普遍単位 --- 社会できめた単位
    広く社会で共通な単位を使って測る。

遠山は、上記のすべての段階とその順序を尊重して教えるべきことを主張している。


§2. ベクトル導入の4段階


某社の数学Bの教科書の「平面上のベクトル」の節の最初の 4つの小節の見出しを書き出してみると、


  1. ベクトルの意味
  2. ベクトルの加法・減法・実数倍
  3. ベクトルの 1次独立
  4. ベクトルの成分

となっている。
これが、単位導入の 4段階にみごとに対応していることを以下に見ていこう。


§2-1. 第1段階


前述の教科書はベクトルの冒頭で、ベクトルの相等の定義を述べている。これが最初に来るのは当然である。

2つのベクトルがあって、片方を平行移動して他方に長さも等しく重ね合わせることができれば、2つのベクトルは等しい。
これは、まさしく直接比較だ。

§2-2. 第2段階



上図のように、2つのベクトルがそっぽを向いていたらどうするか。直接比較ができないので、間接比較になる。

三角形または平行四辺形の法則を使って、なかだち $\vec{r}$ を介して、
   $ \vec{\mathstrut p} = \vec{\mathstrut q} + \vec{\mathstrut r} $
と表現する。生徒はここで、ベクトルの加法・減法を学ぶ。


§2-3. 第3段階


教科書は「1次独立」を定義して、平面上の任意のベクトル $\vec{\mathstrut p}$ は、2つの 1次独立なベクトル $\vec{\mathstrut a}, \vec{\mathstrut b}$ の実数倍の和(それを「1次結合」と呼ぶことも教える)で表わされることを述べる。すなわち、
   $ \vec{\mathstrut p} = x\vec{\mathstrut a} + y\vec{\mathstrut b} $
である。

$\vec{\mathstrut a}, \vec{\mathstrut b}$ という個別単位(線型代数ではそれを基底と呼ぶ)でベクトルが表現される。
ここから、斜交座標系(デカルト座標)が生まれる。高校では斜交座標は正式には出てこないが、案外役に立つ概念である。考え方としては、直交座標をひしゃげただけなのでそれほど難しくない。例えば、
   $ 3x\vec{\mathstrut a} + 2y\vec{\mathstrut b} \mbox{ (} x+y=1 \mbox{)} $
を図示する問題なら、$ 3\vec{\mathstrut a}, 2\vec{\mathstrut b}$ の終点をそれぞれ座標 $(1,0), (0,1)$ だと思って、直線
   $ y = -x+1 $
をひしゃげて描けばよい。



§2-4. 第4段階


教科書は、「$O$ を原点とする座標平面上で、$x$ 軸および $y$ 軸の正の向きと同じ向きの単位ベクトルを基本ベクトルといい、それぞれ $\vec{\mathstrut e_{1}}, \vec{\mathstrut e_{2}}$で表わす」と述べる。そして、
   $ \vec{\mathstrut p} = x\vec{\mathstrut e_{1}} + y\vec{\mathstrut e_{2}} $
となるとき、
   $ \vec{\mathstrut p} = (x, y) $
と成分表示されることに言及する。

基本ベクトルは、ふつうは正規直交基底という。これが普遍単位に相当すると見てよかろう。「正規」は長さが $1$ のことで、「直交」は文字どおりの意味である。それを「基本」と言ってしまうと、単なる基底(任意の、1次独立な 2つのベクトル)のことであるような気がして、筆者は好きになれない言葉である。
さて、厳密に言うと教科書の説明はおかしい。座標軸の正の向きと同じ向きのベクトルと言っているが、まだこの時点では座標軸は存在しないはずだ。正規直交基底(と原点)を導入したから直交座標ができ上がるのであって、その逆ではない。
教科書はそのページまでいっさい座標平面のことに触れないで叙述したきたのに、成分表示の話の所でいきなり座標平面が登場するのは唐突だ。それなら、ベクトルの章の最初のページから、有効線分の始点が原点に来るように平行移動したときの終点の座標が $(x, y)$ のとき、その有効線分をベクトル
   $ \vec{\mathstrut p} = (x, y) $
と表わす、とした方がスッキリする。


§3. 4段階指導と歴史的順序


上に取り上げた教科書を読むと、多次元量(ベクトル)の導入に際して、きちんと 4段階を踏んで記述がされている。
しかし、この順序は人類史的な順序なのか、それとも思弁的なものなのか、どちらだろう。
人類が最初にベクトルの相等の定義を思いつき、それが発展していって、やがて座標平面を得るに至ったとは考えられない。デカルトがハエが天井に止まるのを見て、座標平面の概念を作ったかどうかはともかくとして、数学史的に見てベクトルより座標の方が先だ。したがって、ベクトルに関して言えば、4段階指導は数学の論理と学習者の心理から導き出される順序性であって、数学史的な順序とは一致しないと言えよう。



【参考文献】


[1] 遠山啓、『遠山啓エッセンス・第3巻・量の理論』、2009年、日本評論社、のp.34参照せよ。
     


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