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よく回るコマ(慣性モーメント)

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§0. はじめに
§1. 慣性モーメント
§2. 慣性モーメントテンソル
§3. 平行軸の定理
§4. 心棒を刺す角度
§5. 歳差運動と章動

§0. はじめに

工作用紙を三角形の形に切って、どこかに爪楊枝を突き刺してコマにして回す。よく回るコマにするにはどこに楊枝を刺せばよいか。
答は重心なのだが、重心に回転軸を通すとよく回るのはなぜなのか。このことはそれほどやさしくはない。本稿でそれを解明しよう。


§1. 慣性モーメント

運動エネルギーは、
   $K = \frac{1}{2} m v^{2}$ ……(1)
である。
これに対し、回転エネルギーはどんな式になるだろうか。等速円運動をしている動点の位置ベクトル$\vec{r}$に対し、速度ベクトル$\vec{v}$は垂直である。また、円弧の長さは$r \theta$だから、これを時間微分すれば
   $v = r |\omega|$
ただし、ここに$\omega$は角速度である。速さ$v$は≧0だが、角速度は右回りなら負になるので絶対値記号を付けた。
これを (1) に代入すれば
   $ K = \frac{1}{2} mr^{2} \omega^{2} $ ……(2)
となる。これが回転エネルギーである。

(1)と(2)を比較すると、
   $ \begin{array}{ccc} v \mbox{(速さ)} & \leftrightarrow & |\omega| \mbox{(角速度の大きさ)} \\
m \mbox{(慣性質量)} & \leftrightarrow & m r^{2} \end{array}$
と対応していることが分かる。それゆえ、慣性質量 $m$ に対応する量
   $ I = m r^{2} $
のことを慣性モーメント(moment of inertia)と呼ぶ。
回転軸からの距離$r$の 2乗に、質量$m$を掛けたものであるから、慣性質量の(2次の)モーメントである。だから、慣性モーメントというわけだ。
この値が大きくなるほど、回転に要するエネルギーは大きくなるので、動かしにくさを表している。この意味で「慣性」という修飾語は正しい。
ところで、物理屋さんの世界では「慣性モーメント」という呼称で通っているが、一部の数学畑の人はこれを「慣性能率」と呼ぶそうである。この名称が不適当な理由が少なくとも2つある。まず、この量は「率」でも「度」でもないこと。能率とは、「3時間で120個の製品を作りました。このときの作業能率は?」というような問題を考えれば分かるように、それは
   $ 120\mbox{個} \div 3\mbox{時間} = 40\mbox{個/時} $
という内包量である。ところが、慣性モーメントは外延量である。もうひとつおかしな点は、先ほど述べたようにこの量は値が大きいほど動かしにくさを表しているわけだから、それを「能率」と言ってしまっては、語感が逆になってしまうという点だ。


§2. 慣性モーメントテンソル

慣性質量はスカラーである。では、慣性モーメントは何なのだろうか。実は、それはテンソルである。それを示してみよう。
運動量 $m v$ において、慣性質量は速度の係数であった。同様に、角運動量 $\vec{L}$ の式において角速度の係数を求めてみれば、それが慣性モーメントになるだろう。
   
角運動量ベクトルとは
   $\vec{L} = m \vec{\omega} = m \vec{r} \times \vec{v}$
と、外積で表わされる。等速円運動なら、$\vec{r},\vec{v},\vec{\omega}$はこの順で右手系で互いに垂直である。よって$\vec{\omega},\vec{r},\vec{v}$もこの順で右手系だから
   $\vec{v} \propto \vec{\omega} \times \vec{r}$
これの絶対値は左辺が$r \omega$, 右辺は($|\vec{\omega}|=r \cdot r \omega$より) $r^{2} \omega \times r=r^3 \omega$ だから、右辺を $r^2$ で割って
   $\vec{v} = \frac{1}{r^{2} } \vec{\omega} \times \vec{r}$
と、これも外積で表わされる。したがって
   $\vec{L} = m \vec{r} \times ( \frac{1}{r^{2} } \vec{\omega} \times \vec{r} )$ ……(3)

ここで、上のベクトル三重積をまじめに計算してみよう。
   $ \vec{L} = \left( \begin{array}{c} L_{x} \\L_{y} \\L_{z}\end{array}\right) , \vec{r} = \left( \begin{array}{c}x \\ y \\ z \end{array}\right), \frac{1}{r^{2}} \vec{\omega} = \left(\begin{array}{c}\omega_{x} \\ \omega_{y} \\\omega_{z} \end{array} \right), $
とおく。(3)式の右辺の括弧の中を計算すると
   $ \left( \begin{array}{c} \omega_{y} z -\omega_{z} y\\ \omega_{z} x -\omega_{x} z \\ \omega_{x} y -\omega_{y} x \end{array} \right)$
である。さらに $\vec{r}$ と、上記のベクトルとの外積をとって $m$ 倍すれば、$\vec{L}$の成分が分かる。$\vec{L}$ の $x$ 成分だけ計算すると
   $ L_{x} = my (\omega_{x} y -\omega_{y} x )-mz (\omega_{z} x -\omega_{x} z ) $
   $ = m(y^{2}+z^{2})\omega_{x} - mxy\omega_{y} -mzx\omega_{z} $
$y$成分と $z$成分は輪環の順に回してすぐ分かる。よって、
   $ \left(\begin{array}{c}L_{x} \\L_{y} \\L_{z} \end{array}\right) = \left(\begin{array}{ccc}m(y^{2}+z^{2}) & -mxy & -mzx \\-mxy & m(z^{2}+x^{2})& -myz \\-mzx & -myz & m(x^{2}+y^{2}) \end{array}\right) \left(\begin{array}{c}\omega_{x} \\\omega_{y} \\\omega_{z}\end{array}\right)$
ここに出てきた係数行列が慣性モーメントテンソルである。この中の対角成分が慣性モーメントで、残る成分の $-1$倍を慣性乗積(product of inertia)と言う。


§3. 平行軸の定理

三角形を$x-y$平面上に置いて、どこに心棒を通せばコマはよく回るかという問題を解こう。このとき平行軸の定理を使うと、最小のエネルギーでコマを回すには、重心に心棒を通さねばならないことが分かる。それを以下に示そう。   
   
重心を原点にとり、回転軸を $z$軸にする。$z$軸に平行な直線を $l$ とする。$z$軸 と $l$ のそれぞれの回りの慣性モーメント $I_{G}, I$ を計算し、比較してみようというわけだ。ここで、この 2直線の間の距離を $h$ とする。
$z$軸 の回りの慣性モーメントは
   $ I_{G} = \sum m r^{2} = \sum m(x^{2}+y^{2}) $
となる。
直線 $l$ は点 $(h,0,0)$ を通るとして、この直線の回りの慣性モーメント $I$ を求めよう。点 $(x,y,0)$ にある質点の慣性モーメントは
   $m \{ (x-h)^{2}+y^{2} \} = m(x^{2}+y^{2})-2mxh+ mh^{2} $
となる。ここで、$n$ 個の質点について $\sum$ をとる。ただし、全質量 $\sum m = M$ とおく。
   $ I = \sum m(x^{2}+y^{2}) - 2 \left( \sum mx \right) h+ M h^{2} $
ところで重心の座標は
   $ (x_{G},y_{G},z_{G}) = \left( \frac{\sum m x}{M},\frac{\sum m y}{M},\frac{\sum m z}{M} \right) $
であるが、いま重心を原点にとったから、
   $ \sum mx = 0 $
よって
   $ I = I_{G} + M h^{2} \geq I_{G} $
これが平行軸の定理である。これより、$h=0$ のとき、すなわち三角形の重心に心棒を通したとき、コマは最小のエネルギーで回せることが分かる。
このようにコマの問題には、慣性モーメントが関与しているのである。

三角形は重心のまわりに回転する(実験の動画)
<-- 静止画
<-- 動画


§4. 心棒を刺す角度

コマの心棒は重心に突き刺すべきことが分かった。では、三角形の板に垂直に刺せばよいのだろうか。平行軸の定理はそこまで教えてくれない。
実は垂直に刺すより斜めに傾けて刺した方が慣性モーメントは小さくなる。これはなんとも意外な結果である。しかし、傾けると慣性乗積が大きくなり、回転軸が振動したりして余分なエネルギーを消費して、回転はかえって悪くなるそうである。
いっそのこと、心棒と三角形のなす角を $0$度にしてしまえば、慣性乗積が $0$ のままで、慣性モーメントをさらに小さくできるかもしれない。
   
三角形では計算が大変なので、半径$R$の円板で計算してみよう。心棒を円板に対し $90$度に刺したときの慣性モーメントは、密度を $1$ とすれば
   $ I_{90} = \int_{0}^{R} 2\pi r \cdot r^{2} dr = \frac{\pi}{2}R^{4} $
である。心棒と円板のなす角が $0$度のときは
   $ I_{0} = 2 \int_{0}^{R} 2 \sqrt{R^{2}-x^{2}} \cdot x^{2} dx $
ここで $x = R \sin \theta$ と置換すれば
   $ = 4 R^{4} \int_{0}^{\pi/2} \sin^{2} \theta (1- \sin^{2} \theta)d \theta $
となり、$n$ が $n \geq 2$ の偶数のとき
   $ \int_{0}^{\pi/2} \sin^{n}\theta d \theta = \frac{\pi}{2} \cdot \frac{1}{2} \cdot \frac{3}{4} \cdot \cdots \cdot \frac{n-1}{n} $
という公式を使って
   $ I_{0} = 4 R^{4} \left( \frac{\pi}{4}-\frac{3\pi}{16} \right) = \frac{\pi}{4}R^{4} $
となる。
結局、垂直に心棒を刺すときのちょうど半分の慣性モーメントで回転できる。これが、円板のコマを最も効率よく回す方法である。
だから、三角形のコマのどこに心棒を刺せばよいかと問うとき、「心棒を三角形に垂直に刺すとするならば」という制約条件を言い忘れてはならない。


§5. 歳差運動と章動

「心棒を重心に通せば、コマはよく回る」という言い方をすることがある。「よく」とはどういう意味だろうか。
これには、「効率よく」と「美しく」という2つの意味があろう。今まで前者に解釈して、回転エネルギー最小問題として考えてきた。ところが、「美しく」の方に意味をとると、回転軸がフラフラしないといったことになるだろう。回転軸がつねに鉛直の状態で回っているコマは、眠りゴマと言われる。
回転軸がフラフラするのは、歳差運動と章動の合成による。
   
歳差運動とは、回転軸と鉛直軸のなす角が一定のまま、回転軸が回転するものである。例えば、地球の地軸は公転面に垂直ではなく、それより $23.4$度傾いている。現在、地軸の延長上に北極星があるが、時間がたつうちに$23.4$度という角度を保ったまま北極星とはまったく異なる方角を向くようになる。だが、$2600$年周期でまた北極星の回りを自転するようになる。

章動というのは、上の例で言えば $23.4$度という回転軸の傾きが変化する動きをさす。オモチャのコマでこんなのがある。心棒を持ってコマを回転させるのだが、回っているのを見ていると回転軸がだんだん傾いてきて、そのうち $180$度そっくりかえって、コマはさかさまに回るのだ。さかさまになると、あとは眠りゴマになってしまうという不思議なコマである。
コマは上記のような複雑な運動をする。だから、三角形のコマを回してみてフラフラ回るからといって、心棒が重心を通っていないのが原因なのか、重心を貫いていてもそのような動きをするものなのかを物理学的に解明するには大学レベルの知識を必要としそうだ。



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