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曲線は直線か--微分するとは--

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§1.顕微鏡のたとえ話の失敗


微分の授業で、ある先生は次のように教えた。---


「水平線は直線に見えるけど、それは地球の一部だからほんとは円弧である。このように曲線のごく一部を取って見ると、直線に見える。
1円玉の縁を顕微鏡で覗いてみたとしよう。レンズの倍率が低いと曲線に見えるかもしれないが、倍率を上げれば直線に見える。水平線と同じ理屈だ。
同様に、関数 $f(x)$ のグラフを顕微鏡で拡大して見たとしたら、それは直線に見えるだろう。例えば $y=x^{2}$ のグラフを、点 $(1,1)$ のところで拡大すれば、傾きが $2$ の直線になる。この値が微分係数である。」



さて、この授業から10時間ほど経過した後、関数の増減について触れることになった。その先生が


「$x_{1} > x_{2} $のとき $f(x_{1}) > f(x_{2})$ となる関数 $f(x)$ を(狭義の)単調増加関数という。例えば $y = x^{3}$ は単調増加関数である。実際、$a>b$ のとき
   $ a^{3} - b^{3} = (a - b) ( a^{2} + ab + b^{2}) $
   $ = (a - b)\{ (a+ \frac{b}{2})^{2}+ \frac{3}{4}b^{2} \} >0 $
より、$a^{3}>b^{3}$ となるからだ。」



と、おっしゃったとき、ある生徒が


「点 $(0,0)$ においてグラフを拡大すると、$f'(0)=0$ より、直線 $y=0$ になるから単調増加でない。」



と言い出した。そこでその先生は


「この拡大図のアの部分をさらに拡大してみたら、$x$軸と $y=x^{3}$ のグラフが離れていることが分かるだろ。

一見直線に見えても、それを拡大して見れば曲線であることが分かるんだ。」



と切り返した。しかし、10時間前と後の顕微鏡の話はずいぶん矛盾しているではないか。顕微鏡の話はあくまでたとえ話であるから、事実をうまく描写している部分とそうでない面があるのは当然だ。たとえ話によって、「なるほど」と感じて数学が分かる場合と、反対にこれが災いとなって誤った数学の理解に導く場合の両面があることに、注意すべきなのだろう。


§2.具体例を考える


さて、曲線(精確に言えば、微分可能な関数のグラフ)を拡大すれば本当に直線に見えるのか? そもそも直線に見えるとはどういうことなのか?---ということについて、考えてみたい。
まず微分可能とは何かであるが、微分可能な関数とそうでない関数の具体例から考えていくことにしよう。


【例1】
$ f(x) = \left\{
\begin{array}{ll}
x^{2}\sin (1/x) & (x \neq 0) \\
0 & (x=0)
\end{array}
\right. $
は $x=0$ において微分可能であって、$f'(0)=0$ である。---



実際、
   $ \mid \frac{x^{2}\sin (1/x)}{x} \mid \leq \mid x \mid $
において、$x \rightarrow 0$ とすればよい。



一方、


例2】
$ f(x) = \left\{
\begin{array}{ll}
x \sin (1/x) & (x \neq 0) \\
0 & (x=0)
\end{array}
\right. $
は、$x=0$で微分可能でない。---



実際、
   $ \mid \frac{x\sin (1/x)}{x} \mid = \mid \sin (1/x) \mid $
は、$x=\frac{1}{n\pi}$ ($n$:整数)のときは $0$ で、$x=\frac{1}{(n+1/2)\pi}$ のとき $1$ であるから、$x \rightarrow 0$ のとき収束しない。



高校の教科書では、


【例3】
$ f(x) = \mid x \mid $
は $x=0$ において微分可能でない。---



を例として挙げることが多いが、不適切である。区間$[0, \infty )$に限定すると右側微分可能で$ f'_{+} (0) =1 $となるので、本質的に不可能である例ではない。【例2】が右側微分可能にすらなっていないのとは異なる。
そして先の先生が単調増加の例として取り上げた関数は、


【例4
$ f(x) = x^{3} $
は $x=0$ において微分可能で、$f'(0) = 0$ である。---



実際、
   $ \mid \frac{x^{3}}{x} \mid = x^{2} \rightarrow 0 (x \rightarrow 0) $
である。





§3.微分の定義


次に、微分可能の定義を振り返ってみることにする。


関数 $f(x)$ が $x=a$ において微分可能とは、極限値
   $ \lim_{h \rightarrow 0} \frac{f(a+ h)-f(a)}{ h} $
が存在することをいう。この値を $f'(a)$ と書く



のであった。そうすれば
   $ \frac{f(a+ h )-f(a)}{ h}= f'(a) +o(1)$
   $\mbox{ただし } h \rightarrow 0 \mbox{のとき } o(1) \rightarrow 0 $
である。ここではあくまで $h \rightarrow 0$ であって、$h=0$ になってはいけない。分母が $0$ になってしまうからだ。
分母を払って、$o(1) \cdot h$ をあらためて $o(h)$ とおけば
   $ f(a+ h ) - f(a) = f'(a) \cdot h + o(h) $
   $ \mbox{ただし } h \rightarrow 0 \mbox{のとき } o(h)/h \rightarrow 0 $
である。$h=0$ のとき $o(h)=0$ になるとすれば、上の等式は不思議なことに $h=0$ のときにも成り立つ。分母 $h$ を払ってしまうことが重要である。
$x=a+h$ と置き換えて、移項すれば
   $f(x) = f(a) + f'(a) (x-a) + o(x-a) $ ……(1)
となり、ここで右辺にある無限小を無視すれば
   $\tilde{f}(x) = f(a) + f'(a) (x-a) $ ……(2)
という近似1次関数が得られる。$y=\tilde{f}(x)$ が曲線 $y=f(x)$ の $x=a$ における接線の方程式である。

たとえ話では、顕微鏡で拡大すると(1)と(2)の区別がつかなくなるのであった。しかしこのように言ってみても、どれくらい区別がつかないのかの程度、すなわち近似の精度(誤差の評価)が分からなければ、顕微鏡の話のカラクリは暴けない。そのためには、$\varepsilon$-$\delta$ 論法を使わざるをえない。


§4.$\varepsilon$-$\delta$ 論法で解析する


微分可能の定義を $\varepsilon$-$\delta$ 論法で書き表すと次のようになる: 


どんな実数 $\varepsilon >0$ をとってこようが、$0 < \mid h \mid \leq \delta$ となるすべての $h$ に対して
   $ \mid \frac{f(a+ h)-f(a)}{ h}- A \mid \leq \varepsilon $
となる実数 $\delta >0$ が存在するようにできる。このときの定数 $A$ が微分係数 $f'(a)$ である。



両辺に $\mid h \mid$ を掛けると
   $ \forall \varepsilon >0 \exists \delta >0: \mid h \mid \leq \delta \Rightarrow $
   $\mid f(a+ h) - \{ f(a) + f'(a)h \} \mid \leq \varepsilon \cdot \mid h \mid$ ……(3)
である。分母を払ったおかげで、$0 < \mid h \mid \leq \delta$ ではなく、$\mid h \mid \leq \delta$ となっている。$h=0$ のときにも上の不等式が成り立つからである。
ここで懸案の誤差について調べてみよう。関数 $f(a+h)$ とその1次近似関数
   $ \tilde{f}(a+h)=f(a)+f'(a)h $
との「誤差」を $h$の関数と考えて $g(h)$ とおいてみる:
   $ g(h) = f(a+ h) - \{ f(a) + f'(a)h \} $
(3)によれば、誤差の絶対値 $\mid g(h) \mid$ が $\varepsilon$ 以下に抑えられるのではない。そうではなくて、入力誤差 $\mid h \mid ( h \neq 0)$ が $\delta$ 以下のとき、出力誤差対入力誤差の比 $g(h)/h$ の絶対値が、$\varepsilon$ 以下になるのである。このように、誤差そのものと、誤差の比とは異なる。この点は間違いやすいので、注意を要する。
結局
   $ \forall \varepsilon >0 \exists \delta >0: \mid h \mid \leq \delta \Rightarrow \mid g(h) \mid \leq \varepsilon \cdot \mid h \mid $
であるわけだが、$\mid h \mid \leq \delta$ ということは顕微鏡のレンズの倍率を上げるというより、視界を狭めたと考える方が分かりやすい。つまり顕微鏡は拡大する道具ではなく、視野 $\delta$ を狭めるための道具として使われていたのだ。


§5.1次近似の図形的意味


(3)には絶対値記号が 2つ付いていて繁雑なので、$h \geq 0$ のときだけを考えることにする。右側微分係数だけを考えることになるが、本質は変わらない。すると、
   $ \forall \varepsilon >0 \exists \delta >0: h \leq \delta \Rightarrow $
   $\begin{array}{rcl}
- \varepsilon \cdot h & \leq & f(a+ h) - \{ f(a) + f'(a)h \} \\
& \leq & \varepsilon \cdot h
\end{array}
$
となる。つまり、
   $ f(a) + (f'(a) - \varepsilon)h \leq f(a+ h) $
   $ \leq f(a) + (f'(a) + \varepsilon)h $
である。

これは、図で言えばグラフ上の点 $(a+h,f(a+h))$ が影をつけた三角形の上下から外へはみ出ることがないということを意味している。しかも、三角形の頂角 $\theta$ はいかようにも小さくできる。なぜならば、2直線
   $ l: \mbox{ } y=f(a) + (f'(a) \pm \varepsilon)(x-a) $
の傾きは、
   $ \tan \theta_{1} = f'(a) + \varepsilon, $
   $ \tan \theta_{2} = f'(a) - \varepsilon $
であるので、
   $ \tan \theta = \tan(\theta_{1} - \theta_{2}) = \frac{2 \varepsilon}{1+f'(a)^{2} - \varepsilon^{2}} $
となり、$\varepsilon \rightarrow 0$ のとき $\tan \theta \rightarrow 0$ であることが分かるからだ。
このように図形的意味を与えることを、仮に「頂角がどんどん小さくなる三角形シェーマ」と呼んでおこう。先述した関数の具体例を三角形シェーマで分析するとどうなるか。いずれも $x=0$ における微分係数と接線を考察する。
微分可能な【例1】では、$f(x)$ のグラフは 2曲線 $y=x^{2}$ と $y=-x^{2}$ で挟まれた図形の中に入る。そして、
   $ \tan \frac{\theta}{2}= \frac{x^{2}}{x} \rightarrow 0 (x \rightarrow 0) $
より、頂角が小さくなる三角形の中に入ることができ、微分可能と分かる。

一方 【例2】では、2直線 $y=x$, $y=-x$ で挟まれた領域の内部に完全に入り込むことができない(いつまでたっても境界線にくっついてしまう)。つまり
   $ \tan \frac{\theta}{2} = \frac{x}{x} = 1 $
で、 $0$ に収束しない。頂角を $90^{\circ}$ より小さくできないのだ。よって微分可能でない。
【例3】は、傾き $1$ の直線である。これは、頂角 $0^{\circ}$ の三角形の中に入ると考えればよい。従って(右側)微分可能である。
【例4】では、関数のグラフが2曲線 $y= \pm x^{3}$ に挟まれるので微分可能であって、$x=0$ における接線が $y=0$ であることと関数が単調増加であることとが、矛盾するものでないことがどうにか分かる(直観的に分かるというわけにはいかない)。


§6.直線のイメージ


我々は、直線という言葉を聞いてどんなイメージを持つだろうか。ユークリッドの原論には「(直)線とは幅のない長さである」と定義されている。現実の(鉛筆で引いた)直線には幅があるが、理想的な直線に近づくに従って幅は小さくなりやがて $0$ になる---というイメージがある。
現実の直線は精確には長方形だ。顕微鏡のたとえ話は、レンズの倍率を上げれば(視野を狭くすれば)この長方形の幅(縦の長さ)が横の長さに比して、どんどん小さくなるというイメージを利用している。関数のグラフが、縦対横の比がどんどん小さくなる長方形の中に入るというわけだ。
しかし、より精確には、「頂角がどんどん小さくなる三角形」の中に入るのであった。この意味で、顕微鏡のたとえ話は事態を精確には描写していない。
さらに顕微鏡にはもう一つ欠点がある。直線には、2点を結ぶ最短距離というイメージもある。クネクネと曲がった経路は直線ではあり得ない。ところが、【例1】の関数の零点は、$x=1/(n \pi)$ で、視野 $\delta >0$ をどれだけ小さくしても、$0 \leq x \leq \delta$ の範囲内に無数の零点がある。すなわち曲線 $y=f(x)$ をどれだけ拡大して見ても、無数回曲がりくねっている。この曲線を顕微鏡で覗くと直線に見えるとは、直線の最短イメージからすると容易に納得しがたい。
顕微鏡の話を聞いたときに、最短イメージが頭にこびりついていると、顕微鏡の話は微分の理解に際して効果は薄いと思う。


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